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2011.03.22Tuesday

この記事で最後です。

たった一晩の出来事だったのに、いまでも鮮明に覚えていて、
きっと忘れることはないと思います。


私は幸い都内で無傷で、翌日帰宅できましたが、
もっとたいへんな思いをされた方もたくさんたくさんいらっしゃると思います。

東日本大震災で被災されたすべての方にお見舞い申し上げます。
被災地でなくなられた方のご冥福と、行方不明の方のご無事と、避難所で暮らしている方のご健康、被災地の復興を心からお祈りしております。



では、完結編、追記にて。





きれいなビルの避難所で、夜明けを迎えようとしていました。
メトロや都営線は少しずつ着実に動いているとの情報、そしてJRは七時くらいから順次運行予定という情報を得ました。

一時間に何回かは余震で揺れ、やはりみんなとても眠れず、少なくとも私の周りの人は、座ったり横になって目をつぶるのがせいいっぱいという感じでした。

私も連日の睡眠不足と疲労に加え、毎日飲まねばならない薬の副作用で
朝方は気分が悪く、混乱の中帰るのはとても不安です。
しかし7時に並んでも乗れないだろうと思い、皆と連れ立ってJR秋葉原駅に6時ごろ向かいました。

駅のシャッターはおりていて入ることもできず、シャッターがあくのを皆で待ちました。


そこで、上野に行く人と品川に行く人で別れました。
集団の中に鉄道学校にいっているという男の子がいて、彼からの情報はとても助かりました。

メールアドレスさえ聞かない人がほとんどでしたが、秋葉原で別れるとき、みんなそれぞれに皆の無事の帰宅を祈ったと思います。

品川方面にいくのは大阪から来た男の子と私の2人だけだったので、
夜中一緒に岩本町に行ってくれた彼とともに品川方面の京浜東北線ホームにいきました。

六時半くらいです。


品川方面よりも上野方面のほうがすごく、ホームは人ですぐにいっぱいになり、階段まであふれていました。


七時になりましたが、まだ線路を点検中とのことで、私は立っている体力がなくなり座り込みました。
疲労も手伝って体温が下がり、ダウンを着ていても冷えて仕方なく、
朦朧としてきました。(これは単に睡眠不足かも)

バナナをいただいていたことを思い出し、バナナを一本食べました。
するとすぐに体温が上がってきて、また立てるようになりました。
わかってはいましたが、人は食べ物で生きているのだと実感しました。
バナナがなかったらそのままホームに倒れこんでいたかもしれません。
手持ちは飲み物とお菓子だけだったので。
本当に助かりました。

大阪の男の子は東京でも品川でも新横浜でも新幹線に乗れますがどうしますか?ときいたら私の行く横浜まできてくれると言ってくれて、
それはありがたいけれど申し訳ないのでお断りしようとしたら、
横浜からのほうが安いですから、とまで言ってくれたので、お言葉に甘えて同行させてもらうことにしました。

しかしホームのアナウンスで運行開始が8時くらいになると聞き、私はついに限界がきたのか立っているのもつらくふらふらになってしまいました。

一緒にいた男の子が「少し休んだらどうですか」と言ってくれたので、
ホームで自分のリュックに座り込んで蹲り気絶するように意識を失いました。
一瞬でも眠れて少し回復し、数分で目が覚めました。
自動販売機があったのであたたかい飲み物を買ってのみ、電車がくるのを待ちました。
結局電車が来たのは、八時半くらいだったと思います。


ぎゅうぎゅうづめの満員電車で、秋葉原を出発しました。
満員電車には慣れているのですが、ここまでの満員電車はめったになく、身動きどころか息もできないくらいでした。
私は身長が低いので本当に酸素があるところまで顔が出ず、二駅先の東京で一旦降りました。

東京からは東海道線で品川まで早いので、京浜東北から乗り換えました。
東海道線もものすごい混雑で、私はすしづめになり両足が地面についていない状態で品川まで揺られました。
それでも電車に乗れただけよかったと思います。
東京駅ではすでにホームの入場制限がはじまっており、ホームに入ることさえ出来ない人であふれていました。


そしてなんとか薄い酸素を吸いながら品川まで到着しましたが、
京浜東北線も東海道線も品川で折り返しで、品川から横浜方面への足がありません。

品川で終わりなんて聞いていなかったので、とても困りました。
携帯のバッテリーも切れてしまい、横浜駅まで迎えに来てくれている人との連絡もできませんでした。

動向してくれていた彼は、横浜まで帰れるまで一緒にいるといってくれましたが、
品川駅での新幹線窓口の混雑状況をみるに、新幹線の乗車券じたいがなくなってしまいそうだと感じたので、ここでお別れしましょうと言いました。
新幹線に乗れなくなってしまうかもしれない、というと、彼も品川から新幹線に乗ることにしてくれ、そこでお別れしました。

彼のおかげで、私は荷物の心配をすることなく仮眠をとることもでき満員すしづめ電車でもなんとかつぶされずに済み、なによりひとりではなかったことがとても心強く、とても感謝しています。

無事に着くといいな、と思いながら、私は品川からどうやって横浜に帰ろうか考えていました。


目の前には、ありえない光景が……。

JRから京急線に乗り換える大きな乗換え口のシャッターが全部閉まっているのです!

はじめてみた光景でした。
JRの改札に行って聞くと「こちらでもなぜなのかわかりかねます、京急さんのなさっていることで、なぜシャッターがしまっているのか、こちらも困惑しています」とのこと。

つまり京急はJRからの乗り換え全面拒否ということ…?

というわけで電車で帰るという選択肢そのものが消えかかりました。
とりあえず横浜で待たせている人に連絡しなければと思い、携帯を充電すべくみどりの窓口に行きあいているコンセントを発見し「このコンセントを一瞬使わせていただけませんか」というと、断られてしまいました。

非常時なんだから一瞬くらい使わせてくれてもいいのに…と正直思いましたが、もう交渉する気力もなかったのでそのまま窓口を出ました。

品川から横浜まで歩いて帰る気力はない、携帯も電源が切れてしまったと途方にくれながら、ぼーっと品川駅構内に戻ると構内アナウンスが。
「ただ今京急線との協議の結果、品川~御崎口への運行が決定いたしました。五分後にシャッターが開きます」とのこと。

これで帰れる…!!と思いました。
本当に、あのときの喜びは言葉にならないです。

もう体力は本当に限界でしたが、家に帰りたいという気力だけで動いていました。

品川駅構内はすでに人であふれておりホームにも降りられない人でパニックに近く、数メートル先のシャッターにたどり着く頃には五分がすぎ、シャッターが開きました。
なんとか人をかきわけ京急の改札に入ると、すぐに電車が来てくれました。

それは想像を絶する人人人…。人が津波のように押し寄せ、どんなラッシュでもあんな混雑はみたことがなかったです。

なんとか乗り込むことができましたが、満員になってもまだ人が押し寄せてくるので、圧死するかと思いました。
酸素がたりないどころか胸が圧迫されて息もできません。
しかも次の駅でもその次の駅でも誰も降りません。

苦しすぎて気を失いそうでしたが、どんなに脱力しても倒れないので(ぎゅうぎゅうだから)良かったのか悪かったのか…w


十五分くらいが一時間ほどに感じられましたが、それでもやっと横浜に到着しました。
次は横浜、というアナウンスを耳にした瞬間、泣いていました。

でも、迎えにきてくれた恋人の顔を見るまでは泣くまいと堪えました。


横浜で降りて、空気を吸ったら、本当に安心しました。
東京のコンビニで食料が少なくなっていたので横浜も油断できないと思い、コンビニでおにぎりを数個買いました。


ホームを出て、身内の顔を見たら、言葉も出なくて代わりに涙だけがあふれて座り込んでしまいました。
そんな私に「四時間も待ったよ」と一言…


こっちは横浜まで8時間近くかかったんじゃああああー!(笑)
もっと感動の再会的な抱擁とかないのかあああああーーーー!


でも、無傷でたどり着けたので、それだけで本当に感謝です。

時間は、お昼をすぎていました。



睡眠らしい睡眠も、食事らしい食事もとっていなかったのでふらふらでしたが、家にたどり着けました。

家に帰るまでに道路に数回座り込みましたが…

そして玄関を空けた瞬間、緊張が解けたのか倒れて下半身が動かなくなりましたが…。




それから本当に回復するまで三日ほどかかりました。
歩くと眩暈がしたり息切れしたりが続きました。
想像以上に体力を消耗していました。
ネームも手につかないくらい精神的にも疲弊していました。



たった一晩でこんなになるのだから、ずっと避難所で過ごされている被災地の方はどんなに寒く心細くお疲れのことでしょう。
心が痛みます。

一日でも早く、一日でも多くの方が、笑える日がきますように。

私にできることは少ないですが、些少でもできることをやっていきたいと思います。



日本に生まれてよかったと、心の底から思いました。
たくさんの他人のあたたかさをこんなにも感じたのは初めてでした。


今日も生きていて、愛するものがあって、仕事があって、ご飯が食べられて、眠ったら朝が来るのはほんとうにしあわせなことです。



ここまで長い文章を3回にわたり読んでくださってありがとうございました。






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プロフィール
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漫画描き
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音楽、囲碁、フィギュアスケート鑑賞
自己紹介:
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Fiori Ciliegio

3/31生まれ静岡県出身横浜市在住

Twitter→http://twitter.com/motimado


★漫画★2011年

「月刊コミックCawaii!」(主婦の友社)
創刊準備号 2/3配信開始
巻頭『REAL HACKER』32P掲載
アクセス方法はこちら→
http://aoisakurako.blog.shinobi.jp/Entry/1504/





☆漫画☆2010年

9/30★主婦の友社コミックCawaii!で『彼女は恋愛困難症』後編掲載★http://cawaii.shufunotomo.co.jp/yomikiri/?p=1192


9/23★主婦の友社コミックCawaii!で『彼女は恋愛困難症』前編掲載★http://cawaii.shufunotomo.co.jp/yomikiri/?p=1168


★同人誌【菊華台】漫画を担当させていただきましたhttp://kikkadai.blog112.fc2.com/

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